さよなら岩政先生(前編) ~岩政大樹選手の東京ユナイテッドFC完全移籍に思う~



先生

先生コメ




2015年、2016年と2年にわたり岡山で活躍しキャプテンを務めてくれました岩政大樹選手の移籍先が決まりました。
あたらしい移籍先は東京ユナイテッドFCという地域リーグ所属のクラブで、J2を2部とすると4部か5部のクラブとのことですね。



なんというか彼の移籍先が決定してみて、
ああ、ほんとにPO負けたんだな。
2016年はもう終わってるんだよな。

って実感がずっしりのこっているこのごろです。
2017年ももうはじまっていますし、各クラブの新体制発表も続々と行われている所であります。
なのでオフにクラブを去った選手の話もどうか?と思いましたが、やっぱ先生は別じゃね?と。
ということで、岩政大樹選手の今回の移籍について、それから岡山での2年間について思う所を書き記しておこうと思います。
結構長い話になるので前後編の2回でいきます。



※今回は契約の話であったりオープンになってないことだらけなので推測のお話多めです予めご了承くださいまし






◎岩政先生の岡山3年目は何故なかったのか?






はい。
まずもって岡山サポが一番思ったことはこれではないでしょうか?
「なんで岩政先生と契約更新しなかったのか?」ということ。
これについてはコメントを参照しながら推測するしかないのですが、まず岩政先生自身は今後についてどう考えていたのか?
PO決勝直後のインタビューではこんなことを言っていました。



●岩政大樹選手(岡山)
・勝とうが負けようがここが僕自身の一つの区切り(2年契約の最終年)
・今はよくやり切ったな、一つ終わったなという気がしている
・サッカー選手として食っていくかどうかは別として、来年のことは家族と一緒に考える
・自分は(現役を)やれるところまでやるという考え方の選手ではない、とにかく自分がやりたいと思うことが何かが大事
・自分は家族と三年間ずっと離れているので、そういう家族とのことも含めて自分の人生を考え直さないといけない
・ここで結果を出せれば来年は岡山でやるつもりだった



こんな感じだったんですが、なにぶん決勝負けたあとのミックスゾーンでのものなんで気持ちの整理も頭の整理も出来ていない状態での発言だったかなあと思います。でも、大事なのが「自分をモチベートしてくれるチャレンジを欲する人」なんだなということ。そのためにプレーを捧げたいと思っている人なんだなってことはここのコメントにも現れていると思います。それからやはり無視できないのが家族と3年間離れていること




PO決勝が終わって2日ほど経った練習場ではこんなコメントを残しています。



●岩政大樹選手(岡山)
まずは岡山から話しを聞く、まずクラブがどう考えているかを聞いてから
・自分はサッカー選手として契約してもらえるチームがあるんだったら続けていきたいっていうスタイルではない
・クラブにとって大きな存在感のある選手の場合チームに残ることだけがメリットではない
・大きな存在の選手が離れることで生じるメリットもあるのでそのあたりを見極める必要がある
自分がいた方がこのチームのためになるのかどうか、それを冷静に考えないといけない
・クラブに対して心からこのクラブのためにと思っている選手そこまで多くないけど、自分はすべてを捧げるつもりでやってきた
・鹿島で10年間やったこと、タイで一生懸命に一年間やったこと、岡山で二年間やったこと、そのすべてに自分の中では一貫性がある



という経過でして、まず岡山と話をする、と。
POに勝利しJ1にいったならば延長したい意向をもっていたけど来季もJ2になってしまった、なのでまずクラブと話をしてみる。
岩政先生自身は契約延長の意向もなくはなかった、ということですね。



さてどう転ぶかな・・・?と思っていたらそのわずか数日後にこんなニュースがリリースされます。




非更新
非更新2



PO決勝からわずか4日後に岩政大樹、ファジアーノ岡山と契約を更新せず!の報です。
あまりの早さに驚いた人がほとんどでした。
同日に更新された岩政大樹オフィシャルブログにて「ファジアーノ岡山 退団」という記事がうpされます。
その中で語られていたことを抜粋すると、



●岩政大樹選手(岡山)
・クラブと話をする中で自分の将来とファジアーノの将来を考えると、結論を先に伸ばすことはお互いにとってデメリットが大きい
来シーズンの足並みが私とクラブとで少し揃わない感触があった
・本来は引退するのかどうかも同時に発表したいと思っていたが、こうした事情もあり、引退に関してはまだ決断していない
・自分にできることは何か。自分に求められることは何か。全てをフラットに同じテーブルに乗せて考えていくつもり




ちょっとまとめると、
岩政はまず岡山と話をするつもりだった

(おそらくPO進出での来季編成の遅延もあり)結論を急がねばならないので急ぎクラブと岩政間での交渉が持たれた

岩政にとって岡山でもう一年やるのに必要なモチベーションを岡山からは提示されなかった

岩政退団のリリース



という流れだったんだと思います。
ファジアーノ岡山と岩政の間に距離があったということですね。
岩政を中心にすえたJ1昇格に向けたプロジェクトを、
ファジアーノ岡山はここで終了させることを選んだということなんじゃないかな?と思います。



・・・・何故なんだろう?




これは完全に個人的な妄想ですが、クラブの人事上の大きな流れの変化が影響しているのではないか?と思います。
ファジアーノ岡山に岩政大樹を連れてきたのは前任GMの池上氏なんですね。
で、この池上さんという方は取締役も勤めた岡山の重鎮であって、岡山の地域リーグのころからJ2クラブに成長するまで、さまざまな人材を呼びクラブを育ててきたGMだったんです。岡山はJ2昇格後もずっと池上GMのもとで選手のやりくりをやってきたんですが、2014シーズンをもって、池上GMが退任し、交代することになったんです。
そして、あたらしくFC東京で強化部長など務めた鈴木徳彦氏をGMに迎えることになりました。
で、岩政大樹は2015年からの2年契約でしたから、ある意味池上前GMの最後の大仕事だったわけですね。置き土産みたいに。
クラブとしてははじめてのGM交代になったんですが、それまでにすでに岩政大樹を中心に据えるプロジェクトは決定していて動かせない状態であっただろうなあと思います。中途半端にするわけにもいかないしね。
そこでこのプロジェクトについては、まず2年計画通りに進めてみて結果次第で、というところだったんじゃないかなぁと。
最後の最後までたどりついたけれど、惜しくも届かなかった。
なのでクラブとしてもここで一旦プロジェクトを終了させて、次の段階へと進みましょうという決断を下したんではないか?と。
誰が悪いとかそういう話ではなく、各人がよき選択をした結果としてこのような流れになったんだろうなと。
そういう節目、がこの2016シーズンのオフだったと自分は考えています。
次の記事では岩政がいた2シーズンについてと、彼の新しいチャレンジについてのお話をしてみたいと思います。



(後編へつづく)



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