さよなら岩政先生(後編) ~岩政大樹選手の東京ユナイテッドFC完全移籍に思う~

前回のお話は何故岩政大樹が岡山を去ることになったのか?について私見を述べました。
それに引き続いての後編では岩政大樹のいた2シーズンについてと、新天地でのチャレンジについて話してみたいと思います。





◎岩政大樹の岡山での2シーズンについて思うこと






まずはプレーの面から。
3バックの真ん中に鎮座しそこにハイボールを蹴ったほうが悪いというレベルの制空力は噂にたがわぬ実力でした。
スペックとしてスピードがないので、俊敏さ勝負だったり、長い距離のかけっこでは分が悪かったですが、3バックのCBに絶対必要な高さ・強さは異次元レベル。J2の名だたるFWたちを圧倒していましたね。
ここ2年でタイマンで岩政大樹が後れを取ったのは清水のFW鄭大世との怪獣対決くらいのものでした。
ロングフィードを蹴る回数が多かった長澤ファジでは徐々にキックの精度も上がっていくという進化も見せていて、ベテランながらに成長する姿は実にかっこよかった。セットプレーを武器にしてきた長澤ファジでは強力なヘッダーとして得点を稼ぎ、攻守両面で大黒柱の任を全うしてくれたと思います。鹿島のサポーターから見るとおそらく衰えや物足りない部分も見えてくるんだと思いますが、こちらからするとスピードない所はもう仕方ない部分ですし、普通にJ2で一番クラスのCBだったろうと思います。チームによっては普通にJ1でもってほどじゃないかな?と。
それにしても中央に飛ぶボールをこんなに心配しなくてもいい2年間はなかったなぁ。




そして岩政を中心に据えたプロジェクトについて。
これはインタビューでも何度か語られていたことですが、岩政先生は普通の選手とは違った振る舞いを許されていました。
いわゆる一選手としての立場を越えて、チームの現場における指導であったり、メディアにでたり、執筆活動を行ったり、それからサポーターと話し合って勝利後のセレモニーを改革したり、というように。まさに改革者として求められた選手だったと思います。
鹿島で偉業を成し遂げ、日本代表としてもキャリアを積んだ経験値、ブログをみれば一目瞭然なとおりにしっかりと自分の考えを筋を通して話すことができるコミュニケーション能力、そうした得がたい力をクラブの次なる目標へのDNAを作ることに注いでもらうために呼ばれた選手でありました。そうしてキャプテンとして仕事をしたピッチではどんなことに取り組んだのか?




それこそPO決勝に敗れたとき、岡山に足りなかったものであり、
岩政が2年間改革しようとがんばってきたことそのものでありました。





日常的に勝ちを求める姿勢とでも言えばいいでしょうか。
日々の練習の中でも勝つために手を抜かないこと、自分はもちろん、味方にも厳しく要求する姿勢。
すべては試合に勝つために、可能な限り用心深く、周到に準備する毎日。
そういうものを作り上げきれなかったのが2016シーズンのファジアーノ岡山、そして岩政大樹の失敗だったんだろうと。



そういうことを岩政先生が言っているのを読んで、どうしても秋あたりのファジアーノ岡山のヌルさが脳裏に浮かぶんですよ。
「このチームほんとに勝ちたいチームなのか?」と何度も思いました。真面目にやってるのはやってるんですけど、ヌルかったり雑だったりどこか抜けていたんですよね。今年は長くPO圏内にいて、どうやらPOはいけそうだなという中で日々を送るシーズンでありました。80点の合格ラインを目指して努力すれば60点で終わるなんてことをよく言いますが、今年ウチこれだったんじゃないか?と思うんですよね。
選手は確かにみんな「昇格」と口にします。が、本音の部分はどうなの?
「こんなチーム昇格させられなかったらマジでヤバイ」
「なにがなんでも2位いないじゃないと」
ってくらいに意識を持っていた選手が果たしてどのくらいいただろう?
ざっと2016シーズンの陣容を見て「まあPOはいけるんじゃない?」くらいに思って、実際秋になってPOはいけそうだって見えてきたとき「まあこれならいいか」と知らないうちに落ち着いてしまったんじゃないか?と。「昇格」が「PO圏内」にすり替わってなかったか?と。抜いているわけじゃないけれど、貪欲に勝ちを上を求める姿勢を最後までビシっと貫けたのか?と。

いや、俺が言う資格はないわな。
だってPOでいいと思ってたからね・・・・・・・でも、決勝で負けて初めてそれじゃダメなんだと知ったよ。
やっぱ120点狙いに行くチームが100点で上がるんだよ。



きっと、優勝目指すのが当たり前、それ以外は失敗って自然と選手もサポーターも思えるようになればJ1にも届くんだろうなあ。
できることならば岩政を中心とした改革が進んで、もっと鹿島の空気に近づいたチームになって、一緒にJ1で戦いたかったなぁ。
もうそれは叶わないですが、この2年がなかったことにだけはならないようにチームを見ていきたい。俺はレギュラーシーズンのアウェイ松本戦、ナベが退場してから同点でゲームを終えるまでのあのサッカー、あのアティチュード、あれがもっと見たいよ。2017シーズンもああいう姿勢で戦って欲しい。岩政の蒔いたタネを決して無駄にしないで欲しいと思います。
そして今年こそJ1昇格を成し遂げて花を咲かせたい。
それを岩政大樹に見せてやりたいですねえ。
あらためて岩政大樹という偉大な選手を岡山に迎えられたことに感謝したい。
岩政先生ありがとう。





◎東京ユナイテッドFCでの活躍をこころから応援します






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2日ほど前に公式に発表されましたが、岩政大樹選手の新天地は関東一部リーグ所属の東京ユナイテッドFCに決まりました。関東一部リーグというと4部か5部相当のリーグですが、ファジサポ的には中国リーグとおなじカテゴリと言ったほうがなじみがあるかもしれませんね。あのくらいの感じです。あそこに岩政が来たんです。ヤバすぎんだろ・・・笑



前編でもありましたが岩政が現役を続け上で重視しているものはハッキリしていました。
・家族と3年離れて暮らしてきていること→家族と一緒に暮らせる所
・競技者として現役を続けることにはこだわらない→モチベートしてくれる「何か」のためにプレーを捧げたい
あともういっこ思うのが年俸の部分、
・岡山でもらっていたであろう何千万円のサラリー→そこからそこまで減額せずにすむ所


くらいが読み取れる条件だったろうと思います。
で、フタを開けてみたら・・・・・なるほど、「このクラブに辿りつくことは必然だった気がする」のも無理はない
「鹿島がジーコに託したように、我々東京ユナイテッドFCは岩政大樹に未来を託しました」はズシンとくるパンチラインですね。
自分はここならばよかった、とニュースを聞いて思いました。
これは推測なんですが岩政が岡山に来たとき多かれ少なかれ「鹿島からどのくらいダウングレードになるだろう?」と思ったんじゃないか?と思うんですね。どのくらいクラブとしての足腰のところ、その他もろもろで鹿島から引き算しないといけないか?って心構えが岩政先生にもあったんではなかろーかと?。ところが2年やってみて「あ、岡山ってもうだいぶクラブとして足腰しっかりしてる所なんだな」って思ったんじゃないかなぁと。というのも経営も安定し人気もある。成績も徐々に向上しており、環境面でも基盤はある。地方クラブでかなり上位にいますからね。
なんで岡山よりもっとクラブとして足場の固まっていない所に挑むのは魅力的だったのかもなあと思いました。
それと関連して個人的にはJリーグよりも下のカテゴリに岩政が行ってくれた事が嬉しい
昨年ネクスがなくなり、JFL以下のカテゴリになじみが薄くなっていて「どうしよう・・・」と思っていた所だったんですが、今治とかいわきとか面白そうな所はあってに縁もゆかりもないですし、どうJFL以下のカテゴリに対して関心を持とうか困っていたんですよね。でも岩政が関東リーグ1部のチームに行ってくれたので、これから彼が選手兼コーチとしてどう戦っていくのか?それからいつか上がってくるだろう地域決勝のステージ。いやーー楽しみだなぁ!
東京Uの未来を少しだけ楽しみに出来るのが幸せです。



岩政大樹選手、2年間お疲れ様でした。ありがとうございました。
東京ユナイテッドFCでの活躍を心から応援しております。




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